人はいずれ「ふさわしい場所」にたどり着く

才能×野心×努力=自分のいる場所

キテマス


年が明けてからなんだか気?の流れがすごくいい。

単なる感覚値なんだけど。(笑)



今日は午後から打合せとか商談とか、息つく暇もない感じだったけど、
移動中も含めて、全てが楽しい時間だったなぁ。。



そんな一日の最後。

打合せでお会いしたあるクリエイターさんと
不景気だなんだって話をさんざんしていたのだが、
最後にその方がこんなことを仰った。



「でもね、岡崎さん。世間の目は案外節穴じゃないんですよ。」


「才能と野心があって努力している人のことは、
必ず、必ず誰かが見付けるんです。

永遠に日の目を見ないなんてことは絶対にあり得ない。

もし長年努力しているのに日の目を見ないなら、
それは才能がないのだと認めるべきだと思うんです。」


私が知りうるクリエイターズネットの中で最もベテランな方。


バブルの熱狂も、その後の日本経済の衰退も、
すべてを経験して来ておられるその方ならではの
説得力ある力強い言葉だった。


どんなに時代が悪かろうと、

どんなに環境に恵まれなかろうと、

どんなに不運な目に合おうと、

本当に才能があって、必要な努力をしていれば、

必ずどこかに見ている人がいるという事実。

そして自然と、その人の才能にふさわしい場所へと引き上げられるのだそうだ。



一生懸命頑張ってればいつか報われる、とかっていうのともちょっと違う。

自らの才能の限界を真摯に受け止めなければならない瞬間も
人生にはあるのだろう。



ん??

でも一体どのタイミングで、
「私には才能がなかったんだ」と諦めればいいのかしら??



私は死ぬまで気付けないかも!?(笑)



その方はこうも仰った。



「努力を続けられるのも才能」



自分を信じ、

世間を信じ、

「努力し続けること」そのものが、「才能」へと昇華できるくらいまで・・・



そしたら別に、誰も私を見つけてくれなくなって、
私が、私を認めてあげればいいんじゃない?


「素晴らしい人生を送ったね」って。

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