
ヴァンピックル丸の内
今日、兄と食事をした。
私には3つ年上の兄がいる。
有名大学を卒業後、テレビ局勤務。
誰でも名前を知っているような有名な報道番組の
チーフ・ディレクターをやっていたりする。
奥さんはJALの国際線のスチュワーデスだった人で、
可愛い二人の女の子のパパ。
昨年都心の高級タワーマンションも購入した。
あっぱれ!
我が兄ながら、絵に描いたようなエリート人生である。
兄は幼い頃から明らかに頭のいい子供で、
親戚中のヒーローだった。
兄と同じ小・中学校に通っていた私はいつも、
周囲から兄の伝説を聞かされながら育ったように思う。
もちろん、兄は兄なりに挫折も葛藤もあったと思うが、
少なくとも私から見た兄はとても「立派な人」だった。
かたや自由気ままな根無し草みたいな自分が
なんだか申し訳なくて、
まして、大人になってからの自分の生き方や考え方について
改めて話をしたこともなかった。
だって、私の生き方なんて、きっと認めてもらえないと思っていたから。
家族に何かを反対されることよりも、
そのことによって自分自身が自信を失ってしまうことが恐かった。
でも昨日兄と話をしていて、
私自身のここ最近の心境の変化などもあり、
長年の何かからすうっと解き放たれる感覚がした。
そう思えたことが、私の人生にとっては画期的なことで、
そして・・・嬉しかった。
これは仕事上の付き合いでも同じだが、
「あの人はこう思っているに違いない」と
人は自分の頭の中で勝手に最悪のパターンを次々と思い描いてしまうものだ。
その思い込みせいでコミュニケーションを避けるから
ますます事態は悪化する。
でも本当にそうだろうか?
現実は概して、自分が想像しているよりもずっと優しいものだ。
能天気な発想かもしれないけど、
私が本気で何かに取り組んで、そして本気で何かに困っていたら
きっと手を差し伸べてくれる人は沢山いるような気がする。
私は、自分で思っている以上に愛情豊かな人たちに包まれて生きていると思う。
家族に、恋人に、友人に、上司に、仕事仲間に、お取引先に、
自分の周りにいてくれるすべての人に感謝して、
一方的な思い込みを捨て、
自分からもう一歩ずつ近付いてみよう。
それは相手に合わせて色んな顔を持つということではない。
自分というただ一つのアイデンティティに自信があればこそできる、
良い意味でのオープンマインドだ。
もっと人を信じる。
もっと人に頼る。
そしてその分、相手の生き方も受容する。
・・・それさえできれば、
きっともっと色んなことがすんなりとクリアできる気がした。
Comment
>「あの人はこう思っているに違いない」と
人は自分の頭の中で勝手に最悪のパターンを次々と思い描いてしまうものだ
>もっと人を信じる。
もっと人に頼る。
そしてその分、相手の生き方も受容する
本当にその通りですよね。
いつも史さんの素敵な記事に感動、感銘を受けています。
とても勉強になります!
ヒロミさん
コメントありがとうございます!
偉そうなこと言ってますが、
私自身が人を受容するのが苦手なので
この記事を書きました(笑)。
自分が理解できることだけを受け入れ、
分かり合える人としか付き合わなかったら、
人生はラクチンかもしれないけど、
それ以上の拡がりも成長もないと思うのです。
だから、相手を変えようとか、
必要以上に自分をわかってもらおうとするのではなく、
もっと自然体で自分からメッセージを発し、
相手のメッセージも受け止めることができる、
そういう器の大きな人間になりたいと思っています。
ヒロミさんのブログも毎日楽しく拝見してます!
今後とも宜しくね!