自分の居場所は自分で選ぶ

選択肢の多い人生であるために

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至福の江戸前天婦羅


今日は関西からわざわざ上京してくださったクリエイターさんと
お客様訪問のあとお食事をご一緒した。


やや甘めのタレに大根おろしをたっぷりと入れて・・・
美味しい♪



揚げたての天婦羅を味わいながら、
私より少しだけ人生経験の長いその方は言った。


「人生はなるようにしかならないけど、なるようになるんです。」


結局なるの?ならないの?っていう不思議な表現だけど、
でもそのニュアンスが、なんだかすごくわかる気がした。


人生は、どんなにがむしゃらに動き回ってみても、
そう簡単に思い通りにはならない。
ねずみ小屋のくるくるまわるやつみたいに、
全力疾走の割に一歩も前に進んでないことに
ある日気付いて愕然としたりする。

でも時間が経って、ふと振り返ってみたら、
何十歩も前に進んで「いる自分に気付いてまた驚いたりもする。


人は歳を取るたびに背負うものが増えて、
それは社会人としてとても重要な経験なのだけれど、
自分で背負ったものに押しつぶされて動き出せず、
悲壮感を感じさせる生き方だけはしたくない。


天婦羅を食べ終わる頃、私の中ですごく明確になったことがある。


今まで「将来どんなふうになりたいの?」と聞かれたら
「事業が成功して」
「自分の会社を持って」
「家族も欲しいです」
と、その時々の状況に応じて答えて来たけど、
それは単なるアウトプットの形に過ぎなくて、


そこしか居場所がないからそこにい続けるのではなくて、
自分で好きな居場所を選びながら生きていられること。


私がなりたいのはそれだったんだ。


これから将来の夢を問われたら、
「主体的根なし草」とでも答えよう(笑)。


そんな人生が送れるように、明日からもまた走り続けよう!

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