受け取って欲しい「想い」

よみがえる朝の風景

支配人の憂鬱


出勤ラッシュでごった返す、
最寄り駅のエスカレーターを降りたところで一枚のビラを受け取った。

ビラ配り自体は珍しいことではないのだが、
配っている人たちに・・・違和感がある。


蝶ネクタイにスーツ姿でかっちり髪を固めた
50代くらいの男性たち。


受け取ったチラシを見ると近くの有名ホテルのランチメニューだった。


明らかにパワポで作ってカラープリンタで出力したようなそのチラシには、
ホテルらしい高級感など微塵もなく、
すべてのメニューの金額が傍線で消され、
その上に大きめの赤文字で「1000円!」の表記。
値下げが一目でわかり、顧客層拡大の狙いが見て取れる。


この不況下に、このままお客さんを待っているだけではダメだと
支配人自ら立ち上がったのだろうか・・・

大手ホテルのプライドなどかなぐり捨てて、
この1000円ランチの企画とビラ配りに踏み切ったたのだろうか・・・


私は通勤途中だというのに、しばらくその支配人から目が離せなくなってしまった。


そして、勝手にホテルの経営危機を想像して、
路上で懸命に慣れない手配りする支配人の後ろ姿を見ていたら
なんだかとてもいたたまれない気持ちになった。


手配りの思い出

私がいたたまれない気持ちになるのは理由がある。

私も路上での手配りをよくやっていたからだ。


ほとんどの人が足早に通り過ぎていく中で、
「よろしくお願いします!」と笑顔でビラを配り続けるのは想像以上に辛い仕事だ。

特にビラ配りのために雇われた人でなければ
その精神的苦痛は更に大きい。


それは、私が5年前に美容情報のフリーペーパーを創刊したときのこと。


フリーペーパーは書店には置かれないので、
誌面の内容以上に、インフラ確保が成功の明暗を分ける。

つまり駅のラックや地下街などの、とにかく人通りの多いところに設置して
どれだけ人目を引くことができるかが勝敗を決めるのだ。

JRや都心の私鉄のラックは参入障壁が異様に高くて、
そう簡単には置いてもらえない。

だから、資金力と政治力で圧倒的な力を持つリクルート媒体は、
その時点で既に一歩、いや百歩くらいリードしているのだ。


例えば・・・R25やL25のロケーションを想像して欲しい。


そりゃあ確かにリクルート媒体は、誌面の内容も面白いけれど、
あらゆるターミナル駅の最も目立つ場所に、あれだけの冊数を取り揃えられれば
誰だって一度は手に取ってみたくなる。

だが、それだけのインフラが確保できない弱小企業の場合、
誌面の内容以前に、まずどうやって人々に手に取ってもらえばいいのか・・・
そこで大きくつまずくのである。


だから私たちは、それが本当に微々たる効果しかないことを知りつつも、
少しでも人目に触れることを願って、
早朝の路上に出て手配りをしていた。


事業部全員朝7時頃出勤し、
フリーペーパーの束を旅行用のキャリーバックに詰めて、
それぞれ分担のターミナル駅へ向かう。

そこで朝8時から10時頃まで道行く人にフリーペーパーを配ったあと、
通常通りの営業活動。
そして、営業活動が終わった夜間から制作業務に入り、
毎日例外なく終電。


そこまでやったけど、結局競合媒体だったホットペッパーに完敗して、
一年後、廃刊に追い込まれた。


今思えば、あれはいったい何の修行だったんだろう?(笑)


手配り名人

ところでこの手配りだが、何度もやっているうちにだんだんとコツが掴めてくる。


日常生活の中で人にものを渡す場合は、
相手の胸元の高さくらいに持って行くと思うが、
道を歩いている人にこの高さで渡そうとしても受け取ってもらうのは難しい。

しかも最初はつい自分たちの媒体をしっかり見てもらいたくて、
表紙がよく見える角度で丁寧に差し出していた。

でもこれは、急いでいる通行人の進路を妨害する行為である。


だからコツは、人が歩いているときの自然な手の位置の高さに
そのまま手首をひねらずに受け取れる角度で
通り過ぎる寸前に素早くサッと差し出すこと。

そうすると条件反射的に受け取ってもらえる確立が高い。

あまり早めに差し出すと、通行人は数秒間に配布物を吟味して
必要ないと判断してそのまま通り過ぎてしまう場合が多いのだ。


また、配るときにかける声も、最初は
「女性のための美容情報誌○○でーす!」と必死で媒体名をアピールしていたのだが
これも作り手側の自己満足。


一番効くのはこれ。

「無料クーポン付いてます」

「お得な無料情報が満載です」


そういった手配りノウハウを少しずつ蓄積して、
私が配るとやけにハケがいいと当時のメンバー内でもちょっとした評判だった。


この特技、将来何かの役に立つときがあるかなぁ・・・?(笑)

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