【書評192】自分をすり減らさないための人間関係メンテナンス術

深澤真紀著

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「前向きに」って、疲れませんか?


帯のキャッチコピーに思わず手を取った。
なんだか私に向かって言われているような気がして・・(笑)


いやいや。。なんとも「今っぽい」本である。

ポジティブシンキングを推奨する自己啓発書や、
ヒルズ族(←いまや死語)に代表される、若き経営者の成功本ブームが過ぎ去り、
最近は「がんばり過ぎないこと」を肯定する本がやたらと目につく。


それもどうなのかなぁ・・

この本にもある「ほどほどに機嫌よく一生暮らすこと」を推奨する風潮。
確かに日々を生きるのはラクになるかもしれないけど、
それで本当に後悔のない人生だと思って私は死ねるだろうか・・・?


●自分探しをする人は、「自分のなかにダイヤの原石のような才能がある」という
 幻想をもっていることが多いようです。

●そもそも、自分が逃げることを好まない人は、他人が逃げることに対しても
 厳しい目を向けるものです。
 まずは、自分自身に逃げたり休んだり嘘をつくことを許し、
 そして他人がそうすることも許容していく。
 
 (中略)

 調子が悪いときには、自分も逃げる。そして、他人が逃げても許す。

 何があっても、逃げない、休まない、嘘をつかないという生き方は、
 結果として周りも苦しめるのです。

●なんでもかんでも楽しまなくてもいいのです。
 つらい仕事をやらされて「こういうときこそ楽しまなくちゃ!と
 無理に楽しもうとしても、体力や気力を使って疲れてしまうだけです。

●部下は上司に対して、自分を育ててくれることを期待しますが、
 上司は部下が育つことを期待するというよりも、部下に尊敬されることを
 自分自身に期待してしまうのです。

●「あなたのため」「相手のため」は、よく使ってしまう言葉です。
 言ってる本人は本当に「相手のために言っているのだ」と
 思いこんでいるのですが、
 それはけっきょく「自分のため」に言っていることなのです。

 (中略)

 人間関係はすべて、「自分のために」やっていのです。
 そして他人は、自分の思い通りにならなくて当たり前なのです。

●「恋愛したほうがいいよ」というまわりの声は、
 カラオケが苦手な人に歌うことをすすめているようなものですから  
 気にしないことです(結婚も同様です)。

●私たちは、どの時代にどの国でどんな親から生まれるかを
 決めることはできません。
 それが、人生で最初の大きな不平等です(中略)。
 
 また、どんな容姿でどんな才能をもって生まれるかも、
 また親や周囲からどんな教育の機会を与えられるかといったことも、
 平等ではありません。(中略)

 当たり前だと思うでしょうが、この事実をきちんと認めなければ、
 「メンテナンス術」を駆使しても自分や自分の周囲の人々を守れない、と
 改めて思います。

 (中略)

 自分に与えられた状況のなかでどうやって生きていくか
 考えて実行できれば、それで十分です(後略)

   

押し付けの恐怖


>「恋愛(結婚)したほうがいいよ」というまわりの声は、
>カラオケが苦手な人に歌うことをすすめているようなもの

深いなぁ・・・(笑)


実は私はカラオケが大の苦手。
人前では絶対に歌は歌わないと、中学のときに心に誓った。

それがどんなに「ノリが悪い」と批判されようと、
音感というものをまったく持たずに生まれてしまった人間の不幸など、
朝まで歌い続けるカラオケ好きの皆様には説明してもわかるまい。


でも人が歌っているのを聴くのは嫌いじゃないし、
お酒やその場の雰囲気を楽しむために参加したいと思うことはある。

だけど、参加すれば必ず歌うことを強要される。
あれが・・・本当に辛い。。

もちろんこちらも申し訳ない気持ちで丁重にお断りするのだが、
なぜか時々参加者全員が歌うことに何が何でも固執する人がいる。
「私が歌うから、次は歌ってね」という謎の交換条件に始まり、
「下手でも大丈夫!そんなこと気にしちゃダメ。楽しまなくちゃ!」と説得され、
最後は「じゃあ一緒に歌ってあげる!」という流れになる。

そんなとき、私は心から叫びたくなるのです。

(私は私なりに充分楽しんでいますので、
お願いだから・・・私のことはほっといてください。。)


もちろん相手は気を使ってそうしてくれているのだし、
歌うことを拒否してまでカラオケに参加するほうが非常識かなと思い、
今では最初から行かないことにしているけど。


音痴な母親に育てられると、
子守歌や寝かしつける際にぽんぽんと背中を叩くリズムそのものが狂ってるから
子供も確実に音痴になると聴いたことがある。
確かにうちの母の音痴ぶりもひどい。


恵まれた環境に生んでもらったと思うが、
この点においてだけは私は母を恨む・・・(笑)


リーダーシップと個人の尊重

そんな私も別の場面では、自分の考え方を無意識に
他人に押し付けていることは多々あることを猛省する。

特に近しい人にほど、「あなたのために」と言いながら、
自分が相手にそういうふうになって欲しいからという
「自分の欲求」であることは、本当にその通りで耳が痛い。


特に人って、自分が得意な分野やこだわっている分野に関しては、
相手にも同レベルでの共感を求めてしまうものではないかと思う。

・・・そういえば、カラオケで歌うことを最後まで求めてくる人も、
決まって歌のうまいカラオケ好きだな。。

自分がその心地よさを実感しているものは、
本当に純粋な気持ちで相手にも同じ気持ちを味わわせたくなるものだ。


私も、仕事に関しては多分自分に厳しいほうで、
その分自分の基準で相手にも同じ厳しさを求めてしまうから
結果的に周囲の人を苦しめる結果になることも・・・
たびたび指摘されてきたし、それなりに自覚もしているつもりだ。

「こうすれば絶対うまくいくって」

経験に裏打ちされた私の中の自信と確信が、
良かれと思ってつい相手にも同じやり方を求めてしまう。。


でも相手の心が主体的にそう思わない限り、
それは相手にとっての「良かれ」ではないのだ。


人は立派な正論を言う人ではなく、
自分の価値観を認めてくれる人と一緒にいたいと思うもの。


これがカラオケやプライベートな人間関係なら話は比較的単純だ。
よほどの無関心は問題だが、
適度な距離感と不干渉を保つことで円滑にいく場合が多いだろう。


でもリーダーシップに関してはいつもわからなくなる。

情熱と許容の境目が。
尊重と放任の境目が。


この微妙なさじ加減が私にもそのうちわかるようになるだろうか・・・


目からウロコが・・

ただ一つ、私にとって急に目の前の視界が晴れるように
クリアになったことがある。

それは、やっぱり事業の推進においては、私は私のやり方でやろうということ。


ここ最近の苦悩は、余計なことを気に病みすぎて、
自分の思考と行動が停滞してしまっていたことにある。


私の場合、計り知れないリスクや不安と葛藤するよりも、
未来の可能性に集中して行動を起こすことで心が安定するのだから、
冒頭の、

「前向きに」って、疲れませんか?


に対する私の答えは、


いいえ、「前向きに」考えることで自分らしさを実感できます。


である。


ほどほどに生きましょう、という本なのに、
なぜかやる気を取り戻してしまった(笑)。


これぞ私流自分メンテナンス!

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