生きている間に認められない業績に意味はあるのか

スピード絵画鑑賞

ブリヂストン美術館.jpg

ブリヂストン美術館


アポイントとアポイントの合間時間。

とりあえず次のお客様のオフィス近くまで移動したところで
時計を見たら、
アポイントまであと30分。


目の前に、ブリヂストン美術館があるではないか。

『名画と出会う- 印象派から抽象絵画まで』


うぉー、入りたい。
でもあと30分。

どうしよう、とうしよう、・・・いいや、入っちゃえ!


展示室から展示室へと小走りで移動している私に
警備員さんも怪訝そうで、本当にすみません。。


でも・・・見てよかった。


ブリヂストン美術館は、
国立美術館などに比べると当然規模も小さく、
こじんまりとした佇まいの美術館だが、
印象派の初期から、近代までの代表的な画家の作品が揃っていた。


ゴッホの生き方

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『モンマルトルの風車』(ゴッホ・画/1886年)


今日はこの一点しか展示がなかったが、
私はゴッホという画家が好きだ。

彼の作品を観ると、もうそれだけで・・涙が出てしまう。


彼は自分の画家としての成功を強く信じつつも、
生きている間にその業績を認められることはなかった。
生前に売れた絵はわずかに一枚・・・


また、対人関係が得意でなかったため生涯孤独で、
唯一の理解者は貧しいゴッホに何とかして絵の具代を工面する弟テオ。
彼への手紙が大量の残されている。


「ぼくの苦悶は、
―どうしたら自分が何か善いことのできる人間になれるか、
どうしたら何かの役に立つ人間になれるか、
どうしたら一定の問題をもっと深く極める事ができるようになるか、
―このことなのだよ、絶えずぼくを苦しめているのは。」


失意と孤独の中で、自らの耳を切り裂き、
最後は自殺という形で37歳の短い壮絶な生涯を閉じる。

そして、テオはゴッホの死のわずか半年後に兄の後を追うように病死を遂げる。


私の個人的な意見だが、
晩年、白内障による視力低下に悩まされつつも、
生前に充分に認められ、家族を持ち、80代の長寿をまっとうしたモネや、
同じく生前から名声を手に入れ、何人もの女性と関係を持った
華々しい女性遍歴のピカソなどとは、
その「人生に対する絶望感の度合い」が違っている。

何かこう・・・ゴッホの作品には、
画家の魂が絞り出す悲痛な孤独の叫びが、
誰かに認められることを狂気の淵まで願ってもなお叶わなかった
心の痛みが伝わってくるようで・・・


だから観ているだけで泣けてしまうのだ。。


ちなみに、ゴッホの作品である『 医師ガシェの肖像』は
1990年に日本の一投機家に史上最高値で落札されたことで話題になったが、
その落札価格は7500万ドル、当時の円換算で114億6000万円だ。


絵の具一本を買う金すら弟に無心するよりほかなかったゴッホが、
この金額を聞いたら一体どう思うだろうか・・・


今、彼の作品が世界中の人々に感動を与えていることに
例えどんなに大きな価値があったとしても、
彼が苦悩と狂気のうちに自ら命を絶たなければならなかった事実は変わらない。


自分の人生に意味があったかどうかを判断するのは
やっぱり自分自身でなければならない


私には、ゴッホの作品がそう訴えているように思えてならないのである。

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