
少し前に読んだ本なのだが・・・
取り上げるのにパワーがいるのでしばらく机の上に置いてあった。
でも昨日自分でモチベーションアップをテーマにブログを書いていて、
更に今日たまたま社内ミーティングでも
「モチベーションの上がる環境はどうすれば作り出せるのか」ということを
メンバー全員で議論していて、
今日こそ取り上げようと思った。
久しぶりに出会った強烈な本だ。
この人はすごい・・・本当に。
何が彼女をここまで突き動かすのだろうか。
最初に手に取ったときは、
NPO団体などの、いわゆるソーシャル・アントレプレナー(社会起業家)を
取り上げたものだと思った。
そういう活動に興味はあるほうだが、
私自身、どこか自分がやっている「ビジネス」の世界とは
線を引いて考えているところがあった。
「ノブレス・オブリージュ(貴族の義務)」なんて綺麗な言葉で、
社会貢献は、経済活動で富も名声も得た人が、
その先の自己実現として取り組むもの、みたいに思っていた。
だから私もいつかそういうふうになりたいけど、
それは今やっていることが成功して、その先の「いつか」・・・だと考えていた。
今の私なんかにはおこがましいことだと、
謙虚な人間の「つもり」になっていた。
でも、そうやって『今』何もしない人間に『いつか』は永遠に訪れない。
そんな自分を恥ずかしいと思った。
自宅の湯船に浸かりながら読み始めたのだが、
あまりに衝撃にそのままお風呂の中で読みきって、
本のせいか湯当たりなのかわからないが、
しばらくぼうっとしていた・・・
ビジネス界に生きる人でも、アーティストでも、社会貢献を目指す人でも、
ジャンルを問わず、
夢を追いかけるすべての人に読んで欲しい一冊だ。
大学のインターン時代、ワシントン国際機関で途上国援助の矛盾を感じ、
アジア最貧国「バングラディッシュ」に渡り日本人初の大学院生になる。
必要なのは施しではなく先進国との対等な経済活動という理念で23歳で起業を決意。
ジュート(麻)を使った高品質バッグを現地で生産し輸入販売する
「株式会社マザーハウス」を設立。
あらゆる苦難を乗り越えビジネスを軌道に乗せた彼女の生き方やビジネス理念は、
多くの学生から若い社会人に感動を与えており、社長業の傍ら講演で飛びまわる。
●私は、どうしてに日本に生まれたんだろう。
もしこのスラムの中で生まれていたら、いったいどうやって生きていって、
何を考えたのだろう。
何かを考えることすらできなかったかもしれない。
人類はこんなに発達して、携帯電話だってパソコンだって、
水をきれいにする機械だって、全自動の洗濯機だってあるのに、
どうしいてこんな世界が今なお当たり前のように存在しているんだろう。
日本や他の先進国が何十年と与えてきた、何十億、何千億、何兆円もの
援助金はどこに消えちゃったのかな。●人はだれでも使命がある。こんな私にだって使命があるはず。
そして、それが何かはわからないけど、今自分がバングラディッシュにいて、
それを強く探そうとしているのは事実なんだ。●日本人である私は相手のダメなところを指摘するのがとても苦手。
いやだなと思ったときでも、自分が我慢すればいいや。
言って雰囲気が壊れるのも嫌だし。そんなふうに思うタイプだ。
けれど、これが自分の夢を賭けたモノづくりとなると、
一ミリも妥協はできなくなる。ダメなものはダメといい続けた。●ビジネスはビジネス。利益が出なけりゃやっていけない。
社会貢献も何もない・・・ということ。
「利益第一」になるという意味ではなくて、NGOではなく、
「かわいそうだから買ってあげる」商品でもなく、
商品として勝負すると決めたのだから、価格、品質、デザインで勝たなければ、
生き残れないという当たり前の現実だった。
ビジネスの世界で戦うと決めたのに、「社会的な意義」をアピールすることは、
そういった要素に頼ってしまっている証拠だ。
「社会的な意義」を商談に持ちこんで、それでモノを売ろうとする自分の根性に、
甚だ嫌悪を感じだ。●「いまの状態を見ると、ビジネスになりきれていないわね。
ファッション業界でビジネスをやることは、そんな簡単ではないのよ。
白紙に戻すことも選択肢の一つだと思うわ」
私はハッとした。
いままで走り続けてきたから、前進していると思っていたけれど、
よく考えると応援してくださる方は増えても、売り上げはそれに比例していない。
メディアの取り上げ方は商品ではなく、すべて私個人に対するものだった。
そして、バッグを買ってくださった方からの注文メールを読み返すと、
「貧しい人たちのために何かしたいから」とか
「国際協力をしたい」といった内容も多く、
バッグが欲しくて買ってくれるお客様は、本当にわずかだと気がついた。
そう。私はバッグ屋として肝心な「商品」でまったく勝負できていない事実から、
無意識に目を背けていたのだった。●「あんたさぁ、バッグ屋やっているけど、畑違いの世界に
あんまり首突っ込まない方がいいんじゃないの?
そんなに甘い世界じゃないんだよ。
想いだけでバッグがつくれるなんて思わないで」
(中略)
(私には叶えたい夢あるんだ、だれに何を言われようと、
頑張らなきゃいけないんだ)
(中略)御徒町から上野にトボトボ歩いて帰る途中、どうにも気持ちが収まらなくなって、
地べたに座り込んで一時間くらい号泣してしまった。●「あんたがどんな覚悟でやっているのかなんて、十分わかっているから。
でも、あたしが言いたかったことは、あんたみたいなきれいな心を持った人間が、
この業界では、食い物にされちゃうんだよ。
みんないい人ばかりじゃないんだから、餌になんてされていいわけないでしょ」●私たちは、いつも新しいことに挑戦してきた。
そして第一号店になるお店には、"なぜそこにしたのか"という問いに
完璧に答えられる意味がそこになければいけない。
第一号店、会社が売り上げ何十億、何百億の会社になっても
誇れるお店でなければ」
私も事業を立ち上げていて、苦しい場面は多々あった。
どうにも八方塞がりで、社内外からはクレームだらけ。
もう何日も休んでないし、睡眠3時間くらいが続いて精神的にも参りそう。
でもそんなとき、いつも最後に思うのは、
「だからって別に死ぬわけじゃないし」
しかも私は所詮企業内起業なので、仮に失敗したからといって
自分の財産を持って行かれるわけじゃない。
親や兄弟に迷惑がかかるわけでもない。
そう、会社やビジネスで死ぬほどのことは、滅多に起こらないのだ。
しかし彼女は、命さえも危険な国に二十歳そこそこで単身渡る決意をする。
仮にお金がふんだんにあって、ボランティア目的の渡航だったとしても、
生活するだけでも相当厳しい環境だと思うのだが、
彼女はそこでビジネスをしようと思うに至る。
施しではなく、募金集めでもなく、
先進国相手に対等のビジネスができる自立した力をこの国にもたらすために。
バングラディッシュの現地の工場をまわり、
自分がデザインしたバッグを作って欲しいと交渉する。
当然、アジアで最も貧しいその国で、
日本人消費者が欲しがるような商品がそう簡単に作れるはずもない。
それでも彼女は諦めない。
お金がなくなると、数ヶ月間日本に戻ってアルバイトをしてお金を貯める。
そして、その資金を手にまたバングラディッシュへ向かう。
現地の工場で日本に輸出するためのバッグを作る。
バッグができると、今度はそれを持って再度日本に戻り、
日本の小売店に飛び込みで営業交渉をする。
販売用のWebサイトもお金がないから本を見ながら自分で作る。
それは「かわいそうだから」買ってもらうバッグではなく、
本当に「欲しいと思って」買うバッグ。
正統な『ビジネス』としての勝負だ。
日本で普通に起業したって成功するのは何百分の一か、何千分の一か
という確率なのに、資金もノウハウもまったくない中、
バングラディッシュという途上国でそれを作り、
世界一品質に厳しい日本の消費者に売り、事業にする。
そこまでして命がけでバングラディッシュの発展を願っているのに
現地で契約した工場にある日突然、夜逃同然で失踪されてしまったりもする。
20代前半の女の子が一人で立ち向かうにはあまりにも壮絶過ぎる日々に、
それでも彼女は全力で立ち向かう。
そして、およそ3年で事業は軌道に乗り、今では会社も大きく成長、
全国に店舗を構えるまでになった。
まさにそれは彼女の「想い」が生み出した奇跡の物語。
ビジネスを、運だとかナレッジだとか人脈だとか、やっぱり情熱でしょうとか、
そんな議論すらばかばかしい。
とにかくやる。
ひたすらやる。
ただそれだけのこと。
もう少し勉強してから、
資金ができたら、
今は不況だし・・・
誰もが当たり前のように、
そしてさも思慮深いかのようにそんなことを口にする。
でもそうやって「準備」をしている間に人生を終わらせる人と、
確実に何かをやり遂げる人の違いをまざまざと見せ付けられたような気がした。
「裸でも生きる」というのはそういうことだ。
服がないから外に出られないと、
周囲にも自分自身にも言い訳ばかりしている自分の人生に
腹が立って仕方がなかった。
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