
元ソニーの上席常務で、ソニーに42年余勤務した著者が、
〈奇跡〉を呼び起こす常識ハズレのマネジメントを説く。
彼が考える「燃える集団」とは、チームが誰にもコントロールされずに、
自立的に進むべき方向を決定できる状態。
更に、部下を徹底的に受容し、信頼し、自律的な動きにまかせて
指示・命令をしないマネジメントスタイルを「長老型マネジメント」と呼んでいる。
人間なら誰しも潜在的に持っている、すさまじい能力を引き出し、
活用するのである。
そんなの能力を発揮しやすい精神状態のことを「フロー」と呼ぶ。
言葉をあやつり、物事を分析し、論理的に判断し、
理性で自らをコントロールするのが脳の新皮質の営みだとすると、
現在多くの企業が新皮質的な経営をしていることを著者は指摘する。
だが新皮質の冷静且つ論理的な思考と、
ピラミッド型の組織に服従させる抑圧型のネジメントスタイルでは、
社員が潜在的に持つ高い能力を引き出すことはできない。
「燃える集団」の中では、しばしば「フロー状態」を体感する。
そして、自分自身の内なる欲求をしっかりと把握し、
それにもとづいて外界に働きかけ、その結果をごまかすことなく
真正面から受け取る、ということを丹念に数限りなくこなすことにより、
人間は最終的には「ディープ・グラウンディング」という
状態にたどり着くことができるのである。
●いま、ほとんどの企業でこういう会議をやっていないだろうか。
月に一度の経営会議で、成績が悪い事業ユニットは徹底的に追求される。
あらゆる欠点を指摘され、罵倒され、さらし者になるのだ。
事業部長のストレスは大変なものだ。
言語能力が高く、アラ探しの上手なトップが、「さすが鋭い」と称賛され、
名経営者とみなされる。
事業部長も言語能力が高く、言い訳に優れた人が優秀だとみなされる。
(中略)
だから、企業経営の本質にはなかなか切り込んではいけない。ビジネスというのは必ず波がある。
呼吸をしている、といってもいいだろう。
商品やサービスが当たって、すごく利益が出る時期と、
端境期や投資のため谷間に落ち込んで、苦しみもがく時期が
交互にやってくる。
じつは、その苦しみもがく時期に次の絶頂期の準備が進むわけであり、
最も大切なときなのだ。それを、会議でアラ探しをされ、袋叩きになり、火だるまになってしまうと、
最も大切な時期に必要なアクションが取れなくなってしまう。
あたふたと小手先の数字を改善するための姑息なマネジメントで
精一杯になってしまうのだ。とくに新規ビジネスの立上げでは、これは致命的だ。
少しの赤字でいちいち火だるまになっていては、
担当者のマインドは社内対策ばかりに気を取られてしまい、
立ち上げるべきビジネスもつぶされてしまう。●論理的に考えないで、最初から最後までヤマ勘でやる人は、
なんかうまくいってないですよ。
それから、論理的に考えて、考えて最後まで論理的な人、
つまり、最後にエイヤーと勘に明けわたすことができない人も
やっぱりダメ。とことん論理的に考え抜いて、いろんなシュミレーションをやって、
(中略)その最後のところで、まだああだこうだと考えていると決断は
あたらない。
何かこう、すーっと純粋になって、素になれたときの決断がいいんですね。
それができるかどうかってのは、僕は、開き直りきれるかどうかだって
言ってるんですけど・・・。どん底を知っているかどうか。
どん底を知っていると開き直れるんですよ。●どんなにすばらしいシステムを導入し、高度なマネジメントを実行していても、
信頼を欠いた組織は破綻を誘う。逆に、信頼で固く結ばれた組織は、
その形式的な枠組みとは無関係に、しばしば奇跡を呼ぶ。しょせん企業経営というのは、ドロドロした人間関係の営みそのものであり、
従来の経営学が説いているような「こうすれば、ああなる」的な
単純な因果関係が支配的なのではない。●人間や組織の営みは必ずリズムを刻んでいる。
そのリズムを上手に、ある程度長いスパンで包容すれば、
企業経営はうまくいく。
それを、常にピークの状態になければいけないと思い込んで、
その脅迫観念のもとで、ボトム状態を責めるものだから、
よけいに状態はひどくなり、従業員が疲れ切ってしまうのだ。●本来の人間は、身体の奥底からふつふつと込み上げてくる至福感に
ひたっていられるのだが、近代文明人はほぼ100%情動や身体性を
切り離しているので、それを感じることができない。
その結果、ゴルフや海外旅行などのさまざまなレジャーに精を出し、
身体の外側に喜びを見出そうとするのだ。
そして、首尾よく徹底的に情動を抑圧している鈍感な人を
「沈着冷静で優秀なリーダー」として重用するのだ。
情動や身体性を統合し、深いレベルの本質的な自分自身に接地し、
自分は本当に何を感じ、何を求めているかが実感できるようになると、
人は絶対的な存在感の確立の方向に進んでいける。●ただ、あいつが憎いと思うんじゃなくて、自分の情動に焦点をあてる。
憎いか、憎くないかを、相手の問題じゃなくて、自分の問題として
対処できるようになる。
弊社でもよく「自由」と「自立」ということがテーマになる。
弊社は、創業以来クリエイターが中心となって会社を支えてきたこと、
また、代表が、根っからの起業家で、
若い頃には世界放浪の旅をしていた経験などから、
最終的には、国や会社の枠組みを越えて自立する組織
「どこでも自由に働ける会社」を提唱してきた。
そんな社風から、私も含め、自由をこよなく愛する人間たちが多く
集まってきていると思う。
ただ、この、「自由」の定義が非常に難しい。
じゃあ、営業マンが出社時間など気にせず、
クリエイターと同じように深夜型の労働を基本としても問題ないのか?
クリエイターが自分のやりたい仕事だけを選んでいたら
顧客満足は成り立つのか?
・・・など、例をあげればキリがない。
やはり、「会社」に対する信頼の元にお客様から弊社のサービスが選ばれ、
個人の力だけでは達成できないものを創り上げたいと望むなら、
同じ仕事をする仲間としての一定のルールや共有できる判断基準みたいなものは
どうしても必要だ。
それは決して、個人の自由を縛る目的ではないのだが、
結果的に、個人の意に沿わない場面も日常的に起こる。
会社によっては、それを当たり前の前提として社員に課し、
社員側も会社とはそういうものだと、特に問題意識すら持っていないのが
むしろ一般的な日本企業の姿だろう。
私もこれまで多くの会社を見てきたが、この「自由」という言葉の意味を
これ程深く考えたのは今の組織が初めてだ。
でもこのことが私の仕事観、ひいては人生観において、
非常に大きな意味のあることだった。
日々、私の人生のテーマに関わる深い学びをいただいている気がする。
終身雇用とか願っているようなタイプの人は、
そもそもうちのような会社には来ないわけで、
私たちはそれぞれがそれぞれの目標や夢を持っている。
だから大きなベクトルでは会社と個人が一致していて、
最終的な自己実現の過程に、デジパという会社の仕事が
例え部分的にでも重なっていればいいと思うし、
その会社と個人との効果的なシンクロをどのようにして創っていったらいいか
これはまさに私自身の課題でもある。
24時間、この先何十年もうちの会社のことだけを考えてくださいとは言わないし、
逆に会社に依存するタイプの人間は必要ない。
何かの縁あって今ここで一緒に仕事をすることになった人には、
デジパというフィールドを最大限に「利用」して、
個人の目標達成に多いに役立ててもらえればと思う。
日々の仕事を目的とするのではなく、
自分自身の成長のためのツールと考えて欲しい。
正直、天外氏の提唱する「フロー」経営の域には
私の意識やマネジメント力はまだ到底及ばない。
だが、デジパに関わる全員が、自分や仕事に厳しくあることで自立し、
個人では達成し得ない成果を出すことをこの組織で体感し、
それを自分自身の糧として、その先に広がるそれぞれの大いなる人生の自由を
手に入れてもらえたら、私は心から嬉しい。
これからもそんな会社を目指していきたいと思っている。
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