【書評129】(続)働く理由

戸田智弘著

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採用活動


こんな不景気の中だが、
デジパワークスでは営業メンバーの採用活動を
行っている。

一日2~3名の応募者の方にお会いする。


私は質問をする側なんだけど、
面接を受ける側だった時代が長かったので、
自分は何を聞かれたかなー、などと考える。
あらゆる質問を想定しているつもりでも、
「うっ」と言葉に詰まってついホンネがぽろりと出る鋭い質問というのが時々ある。

それが何だったか思い出そうとするのだけれど、
これが立場が変わるとなぜか全然思い出せないんだなー。。


転職活動は楽しい

あまり自慢できる話ではないが、
私は転職活動がけっこう好きだった。
緊張するどころか、会社によってはうきうきして出かけていた。


だって、採用面接の場では、
色んな会社のビジネスモデルや経営者のビジョンが聞ける。
この会社がどんな方向に向かおうとしているのか、
どんな人材を求めているのか、
仕事上ではちょっと聞き辛いような質問も、
応募者としてなら正々堂々と聞ける。


採用する側とされる側には、心理的な駆け引きはあっても、
日々の営業活動のような商売的な駆け引きは存在しないから
割と会社や事業そのものについてはホンネっぽい話が聞ける。


へー、この会社って外から見る印象と違うんだなー、とか、
へー、この事業実はあんまりうまくいってないんだー、とか。


ビジネス書オタクの私としては、
経営者に生でインタビューし放題の面接の場はけっこう楽しい。


更に最終面接ともなると、
普段なかなかお会いできないようなトップに近いポジションの人が現れて
経営理念を丁寧に説明してくださったりする。
それは、会社の規模や役職など、意外と表面的なところで
自然と力関係が決まってしまう営業現場にはない面接ならではの
素晴らしい特典だ。


信頼の糸


・・・と、私の転職活動のマニアックな楽しみ方はさておき。


沢山の応募者の方とお会いしていると、
こちらが選ぶとかっていう高い目線の話じゃなくて、
皆さんが何を求めて会社を探しているんだろうと純粋に気になってしまう。

そして、その想いに弊社が応えられるのだろうかと不安になる。


理由がなんであれ、一旦はここで頑張ろうと決めた人間が
何かに絶望して企業や仲間を見切って去っていく結末は
できばれ迎えたくない。


以前私がある経営者さんに言われたのは
「転職とは信頼関係の蓄積を断絶する行為だ」
ということ。


私は多分全日本を代表するくらいの転職肯定論者だ。
自分も多すぎる程の転職をしてきたし、
そうやって積極的に自分の道を探すことは今でも必要なことだと思っている。

だから最終的に自分が納得できれば
どんな理由で何回転職したって別に構わないと思うが、
ただ、一つの客観的事実として、
このことは覚えておいたほうがいいと思う。


もちろん会社が変わっても続く友情や人脈というのは
確かに存在する。

でもここで私が言いたいのは、
そういう個人レベルの繋がりの話ではなくて、
その会社の一員として社内外を問わず残してきた
(またはこれから残そうとしていた)信頼と実績は
転職という行為によって確実にリセットされるものだということだ。


その会社に入社してから今日までの、
人生の貴重な時間をかけて手に入れた信頼の蓄積。
その大切な大切な長い糸を、自らプツリと切り取ってもなお、
転職先で得られるもののほうが大きいと果たして言い切れるかどうか。


面接官に正直にすべてを語る必要はないが、
せめて自分だけは、自分の心と正直にまっすぐ向かい合って
心の深いところにあるホンネにしっかりと耳を傾けるべきだ。
もし今の仕事への不満が最大の要因なら、
必ず次の職場でも同じ課題につまづくだろう。
私は、占い師でもなければ予知能力も霊感も一切ないが、
これだけは自信を持って断言できる。

キャラクターの顔や形はビミョウに変化したとしても、
同じタイプの敵キャラはどこに行っても出現する。
攻略して倒しきるまではどこをどう逃げても絶対に逃げ切れない、
人生とはそういう仕組みになっている。


だから、自分が採用させていただく側の立場であったとしても、
逃げ場としての選択は誰にもしてほしくないと思う。

そして、縁あって一緒にお仕事をすることになった方には、
この面接が、ビジネスマンとして人間として成長するための
人生の重要な分岐点であったなぁと後々振り返るほどの、
そんな意味のある場所になればいいと思う。


自分が入社を決めた面接の一コマというのは
意外と鮮明に記憶に残るものだ。

特に何年も経ってから振り返ってみたときに、
その面接での自分の言動や決断がその後の人生にどういう影響を与えたか
その因果関係がやがてはっきりと見えてくる。


もしまだ自分の心がはっきりと見えてこないなら・・

この本を読んでもう一度「働く理由」からじっくり見つめなおすのも
いいかもしれない。

●われわれは、どちらかといえば、
 幸福になるためよりも幸福だと人に思わせるために、
 四苦八苦しているのである。

●われわれは、安逸と贅沢が得られなければ
 人生の幸福はあり得ない、と考えているが、
 実際に人を真に幸福にするものは、
 何か我を忘れて取り組める事柄を持つことである。

●多くの人が不安のない生活を望んでいる。
 そして、不安のない生活が幸福な生活だと思っている。
 だが、これは正しいのだろうか?

 (中略)
 
 未来が既知である必要はない。(中略)
 未来は未知だからこそ、人は生きる意欲を持てるのだ。(中略)
 不安や希望の前提には、自由であるということが隠されている。(中略)
 自由を求めるなら不安を引き受けなければいけない。
 希望を持ちたいなら、不安も引き受けなければならない。

●「幸福になりたい」ではなく、「幸福でありたい」が正しい言葉の
 使い方ではないか。
 幸福は未来の点ではなくて未来へ向かう線であるべきではないか。

●自分のやりたいことを組織の中でどれくらいやれるかは、
 あなたへの客観的評価によっている。
 仕事の能力と人間性によって形成される信頼感である。
 この信頼感を向上させることがその組織の中で
 自分のやりたいことをやる一番の早道である。

●「お前、『俺はこんなところでくすぶってるような人間じゃなねえ』
 みたいな顔してるけどな、今いる場所がおまえの居場所だ。」
 その通り。
 「俺は『こんなところ』にいるべき人間じゃない」
 なんて思っている自分の足元を見ると、
 まぎれもなく「こんなところ」に立っている。これが現実だ。

●自分がこうなったのは環境が悪いからだ、と文句ばかりいう人がいる。
 私は環境なんて信用しない。
 この世で立派にやっている人物は、
 自分から立ち上がって望むような環境を探したか、
 あるいはもしそういう環境が見つからなければ
 自分でつくり出したという人たちなのだ。

●私たちの消費生活を眺めてみると、かなりの部分は生存するための
 必需品ではなく、他者からの「羨望」を得るためのものだということに
 気がつく。

●人生に意味を問うてはいけない、人生があなたに意味を問うているのだ

●自分のまわりを眺め、「何があなたの力を必要としていか」
 「誰があなたの力を必要としているか」を考えてみる。
 そして、何らかの行為を起こす。
 そうした行為の束こそが自分である。
 その行為を起こそうとする動機が、あなたの人生の意味である

●「未来に先回りして、点と点をつなげて見ることはできない、
 君たちにできるのは、過去を振り返ってつなげることなんだ。
 だからこそ、バラバラの点であっても、将来それが何らかのかたちで
 必ずつながっていくと信じなくてはならない。」

 (中略)

 その点が未来のある時点でつながるための条件がある。
 それは鮮明な点を打っていくことだ。

 

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