仕事に厳しくあることの難しさ

That's all

メリル・ストリープの魅力

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週末、『マンマ・ミーア!』の映画を観にいった。

私はミュージカルが大好きなので、
以前から楽しみにしていた作品だ。


そして、なんと言っても母親役のメリル・ストリープが好きだ。

40歳を超えると女優には急に仕事がなくなるというハリウッド業界において、
今現在も第一線で、主役や準主役の役柄で活躍していることから
多くの女優から尊敬と賞賛を受けている。

今回も59歳とは思えないダンスと演技が際立っていた。


だが、私が彼女の作品で好きなのは、
やっぱり『プラダを着た悪魔』のミランダ・プリーストリー役。
この役はファッション業界に対し絶大な影響力を誇る「ランウエイ」編集長で、
タイトルにもなっている「悪魔」とは彼女のことを指している。


ミランダは自分の身の回りの世話をアシスタントに押し付けるなど
最悪の上司であり、今までに何人もがこの仕事を辞めていくのだが、
新しくアシスタントになった主人公は自分の夢のために
ミランダの悪魔のような要求に耐え、成長していく。


通常は、この主人公に感情移入してこの映画を観るんだろうけど、
私にとっては、このミランダ役のメリル・ストリープの演技が最高だ。


彼女は部下へ指示をするときに自分が必要なことしか言わない。
いつも会話の最後を「That's all」で締めくくる。
ときには、食い下がろうとする相手を追い払うような仕草を付けて。

「以上」


そのあとは、相手のどんな言い訳も、反論も聞かない。
できないなら、消えて、以上。
という意味が、この「That's all」には込められている。



部下への要求は完璧を越えて理不尽なまでに厳しいものだが、
あれだけの要求をはっきりと相手に示せるって
やっぱり自分自身に相当自信がないと無理だと私は思うのだ。

伝説の女性編集長として長きに渡り君臨し、
結果と実績を残してきた実力。
あなたの代わりなら幾らでも見つかるけど、
私の代わりはほかにはいないのだという憎たらしいまでの自信。


でもこれって、
ただ傲慢なだけでは、やり続けられるもんじゃないよなぁ(笑)。


仕事に妥協を許さない本当の厳しさ


何かの本に書いてあったが、
仕事で本当に評価される人というのは
いい人でも、優しい人でもなく、「仕事に厳しい人」である。


常に仕事に厳しくあり続けるというのはそう簡単ではない。

自分に厳しくするのが得意な人、
他人に厳しくするのが得意な人、
どちらかならけっこういる。

でもその両方ができるためには、
自分にも他人にも妥協を許さない本物の信念と
強い心が必要だ。


感情に流された決断をしていないか。

他人にとっていい人であることを優先していないか。


私は20年後、密かにミランダを目指している(笑)。

Comment

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毎日ブログ読ませてもらってます♪

自分にも他人にも厳しいって、きっとやっぱり何より一生懸命だからだと思うんだよね。ストイックというか。
自分の描く目標達成のために最善を尽くし、人にもそれを求める。
ある意味完ぺき主義というか。。。
それって私にも通ずることなんだけど、だから時として関係者にはドン引きされる、、、
でもただその目標を達成したいだけなんだよね。
その為に何で物事を深く見極めたり、タスクブレイクダウンしていくとか、それを端からつぶしていく作業とかしてるだけなのに「細かすぎる」と言われたり…。
モチロン、私は自信も実績もないし、回りの協力がないと出来ない事だから結局人の顔色伺いながら胃が痛くなるんだろうけど 笑
自信や実績が確立してならきっと「言い切れる」人間になるんだろうね。
まぁ、合理主義でもあるかもしれないけど。

でも、私は史みたいに人にちゃんと礼儀を持って接する事が出来る人だから好きだし尊敬できるんだけどね。
「言い切れる」合理さと、人を結果自然に動かせる史の人柄
を併せ持てた時、きっともっとパワーが発揮されるのかもしれないなぁなんて勝手に思っちゃいました♪

Yukiさん


こちらこそ、いつも嬉しいコメントをありがとうございます。
「言い切れる」ことは本当に難しいですね。
よく考えたら、私の悩みって
一緒に仕事をしていた5年くらい前から
本質的なところは何も変わってないね・・・笑


良いところも悪いところも自分の一部だと受け入れて、
努力していくしかないと思っています。


これからも共に励まし合い、
お互いに自分の目標達成に一切妥協のない人間でいましょう(笑)。


あ、先日の以下の引用は、Yukiさんに捧げるものです。
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●私自身はヘドロの中にいるドジョウには絶対なりたくない。
 上澄みの水に生きる鮎になるのだ。
 あくまでも清流、正道に生きるのだ・・・
 そう思って努力を続けてきたつもりでいる。
 こうしたことを言うと、「そのようなきれいごとだけで世の中は
 渡っていけないんじゃないですか」と言う人もいた。
 しかしながら、上澄みだけの世界もあるわけで、
 私はこれからも常にきれいなものだけを見て生きていこうと思っている。
 世の中には「清濁合わせて」という言葉があるが、その両方を飲むほどの
 器量の大きさは私にはない。だから、清の部分だけに生きていく。
 自分がそうした生き方を心から願うのであれば、それは可能なことだと思う。