
私は無類のコーヒー好きである。
朝から晩までコーヒーばかり飲んでいる。
家のコーヒーメーカーか会社のエスプレッソマシーンを使うのだが、
それだと物足りなくて、
一日一回以上は必ずコーヒーショップに立ち寄る。
そんな私のコーヒー好きをよく知る母が、わざわざ連絡してきた。
「ドトールコーヒーは安くても豆の質がいいらしいよ。
創業者の企業努力で安い価格設定になっているのに、
スタバの登場依頼、安かろう悪かろうというイメージになってしまったと
こないだテレビでやっていたわよ。」
私も以前はドトールを利用していたが、
なんとなくオジサンとタバコの匂いのイメージで、
いつの間にかスタバを好むようになった。
その後、タリーズコーヒー創業者の松田公太氏のイケメンぶり(笑)とその著書に感動し、
意識的にタリーズに変えた時期もあったが
ドトールからは足が遠のいたままだった。
今回、書店でこの本を手に取ったのは、
そんな母の言葉が頭の片隅に残っていたから。
本当にドトールは企業努力が生み出した高品質低価格商材なのか?

●商機というものは-たとえどんなに自分が正しいと思っていることでも-
「時」、すなわち時代の大きな流れ(時代背景、社会の成熟度)と、
「機」、すなわちそのことを起こそうとする機会が合致して初めて、
味方になってくれるものだ。●商売というのは感情のおもむくままにやっていては絶対うまくいかない。
心の内に迷いがあるうちは考えつづけることだ。
必要とあらば人の意見にも真摯に耳を傾ける。
そして、こうと確信したら翻さずに、一気に行動に移す。
いったん行動を起こしたら、何がなんでも成功を収めなければならない。●(後発企業との違いは)企業哲学の違いに尽きる。
儲かりそうだからやるのか、一杯のコーヒーを通じて
安らぎと活力を提供したいと心から願ってやるのか。
その違いは必ずどこかに表れてくるものだ。
コーヒーの味の差であり、店舗の魅力の差であり、接客の差だ。
また、お客様にもそうした違いを敏感にかぎ分ける臭覚があるようだ。
ただ単に形式だけ真似てやったものは感動、共感、共鳴を
呼び起こすことなどできない。
そこに魂が入っているかどうか。経営理念があるのかどうか。
さらには、店舗、商品など、お客様に提供するすべてのものが
そうした企業理念に裏打ちされたものであるかどうかということだと思う。●価格設定をする際にまず考えるべきことは、
いくらで売ろうかということではなく、お客様はその商品に
どういう価値を見いだしているのか、いくらなら買ってくれるだろうか
ということだ。●私自身はヘドロの中にいるドジョウには絶対なりたくない。
上澄みの水に生きる鮎になるのだ。
あくまでも清流、正道に生きるのだ・・・
そう思って努力を続けてきたつもりでいる。
こうしたことを言うと、「そのようなきれいごとだけで世の中は
渡っていけないんじゃないですか」と言う人もいた。
しかしながら、上澄みだけの世界もあるわけで、
私はこれからも常にきれいなものだけを見て生きていこうと思っている。
世の中には「清濁合わせて」という言葉があるが、その両方を飲むほどの
器量の大きさは私にはない。だから、清の部分だけに生きていく。
自分がそうした生き方を心から願うのであれば、それは可能なことだと思う。●「好きずき」という言葉は妥協の産物に過ぎない(中略)
最高においしいものはみんなこぞっておいしいと感じてくれる。
ある一定水準の範囲内では、たしかに好きずきということで
意見が分かれるかもしれない。この段階で止めれば、
おいしいという人もいれば、あまり好きではないという人も出てくる。
ところが、さらに品質を高めていくと意見が分かれなくなってきて、
大多数の人たちがおいしいと言うようになる。
そして、さらに品質を高めていくことによって
誰もが感動するようなおいしさを実現することができる。●どれだけ強く念ずるか、どれだけ強い目標を持つか、
それによって人間がどこまで成長できるかが決まってくるように思う。
自分の胸の内から湧き出る「自分はこなるんだ」 「絶対にこれを実現するんだ」
という願い、またその願いを強く念じつづけて自分なりに努力していくことこそが
物事を実現させていく大きな力になるのだと思う。(中略)
そして、目標を持ったなら、あとはその目標を常に心に強く念じ続けて、
それに向かって突き進んでいくだけだ。それによってたとえ1ミリずつでも
その目標に近づいていくことができるだろう。
私はこれを"想うことが思うようになる努力"だと考えている。
1962(昭和37)年4月、
8畳一間の事務所から始まったドトールコーヒーは、
この文面通りの創業者の実直さが身を結び、
2008年現在で社員数1040名、パートナー6800名、
売上げ600億を越える東証一部上場の巨大企業となった。
本書にも出てくるが、
1962年といえば、日本人にとってコーヒーが今程身近ではなく、
喫茶店といえば「いかがわしい若者のたまり場」的な印象で、
この業界の発展など誰も予想すらしなかった。
そんな中、パリのシャンゼリゼ通りで、
通勤前にスタンド形式のカフェでコーヒーを飲むパリジェンヌたちを見て、
近い将来この光景が日本人の日常になることを予感したという。
実際にドトールコーヒーがオープンしたのはその10年後だが、
鳥羽氏はその間焦ることも諦めるもなくその時を待っていた。
このビジネスチャンス見極める目と、
最適なタイミングを待つ忍耐力、
そして何よりも自身が語るとおり、想いを実現したいという強い思い。
成功者が言うことは驚く程皆同じだ。
結局、どれだけ強く念じ続けることができるかどうか。
この本が書かれたのは1999年で、
スタバやタリーズなどの業態が今程台頭していない頃だが、
その後もドトールは、「エクセシオールカフェ」という別ブランドでの出店や、
日本随一の商業エリアである銀座四丁目の三愛ビル一階に
ル・カフェ・ドトールを出店するなど時代に併せた新たな展開を行っている。
だが、その根底には創業者の
「美味しいコーヒーを一人でも多くの人に手頃な価格っで味わってもらいたい」
という強い想いがある。
この本を読み終えた昼休み、
会社の近くでランチをしていたうどん屋を出たら
目の前にドトールがあった。
迷わず入って店の中を見渡した。
創業者の想いを見つめて飲むコーヒーは
いつも違う味がした。。
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