●妥協には二つの種類がある。一つは古い諺の
「半切れのパンでも、ないよりはまし」、
一つはソロモンの裁きの「半分の赤ん坊は、いないより悪い」(中略)
手術はするかしないかである。
同じように決定も、行うか行わないかである。
半分の行動はない。
半分の行動こそ、常に誤りである、必要最低限の条件、
すなわち必要条件を満足させえない行動である。●決定には判断と同じくらい勇気が必要であることが明らかになる。
(中略)しかし一般的に、成果をあげる決定は苦い。
ここで絶対にしてはならないことがある。
「もう一度調べよう」という誘惑に負けてはならない。
臆病者の手である。(中略) 「もう一度調べよう」という誘惑に対しては、
「もう一度調べれば、何か新しいことが出てくると信ずべき理由はあるか」
と問わなければならない。●ソクラテスが心霊と呼んだもの、すなわち「気をつけよ」と ささやく
内なる声に、耳を傾けなければならない。
困難や不快や恐怖があっても、決定はしなければならない。
しかしほんの一瞬であっても、理由はわからずとも、
心配や不安や気がかりがあるならば、しばらく決定を待つべきである。●組織とえども、人それぞれがもっている弱みを克服することはできない。
しかし組織は、人の弱みを意味のないものにすることができる。
組織の役割は、人間一人ひとりの強みを、共同の事業のための
建築用ブロックとして使うところにある。●人に成果をあげさせるためには、
「自分とうまくやっていけるか」を考えてはならない。
「どのような貢献ができるか」を問わなければならない。
「何ができないか」を考えてもならない。
「何を非常によくできるか」を考えなければならない。(中略)
真に厳しい上司とは、つまるところ、それぞれの道で一流の人間を
つくる人である。彼らは、部下がよくできるはずのことから考え、
次に、その部下が本当にそれを行うことを要求する。●イノベーションにはリスクが伴う。(中略)
昨日を守ること、すなわちイノベーションを行わないことのほうが
明日をつくることよりも大きなリスクを伴う。(中略)
イノベーションに成功する者は保守的である。
保守たらざるをえない。彼らはリスク志向ではない。
機会志向である。●最初の仕事はくじ引きである。
最初から自らに適した仕事につく確率は高くない。
得るべきところを知り、向いた仕事に移れるようになるには
数年が必要である。
われわれは気質や個性を軽んじがちである。だが気質や個性は、
訓練によって容易に変えられるものではないだけに、重視し、
明確に理解することが必要である。●自らの仕事をし、自らのキャリアを決めていくのは自分である。
自らの得るべきところを知るのは自分である。
組織への貢献において、自らに高い要求を課すのも自分である。
飽きることを自らに許さないよう、予防策を講ずるのも自分である。
仕事を心躍るものにするのも自分である。●仕事が刺激を与えてくれるのは、自らの成長を期しつつ、
自ら仕事の興奮と挑戦と変化を生み出しているときである。
(中略)
自らの成長につながるもっとも効果的な方法は、
自らの予期せぬ成功を見つけ、その予期せぬ成功を追求することである。
ところが、ほとんどの人が問題にばかり気をとられ、
成功の証を無視する。
以前、情報誌創刊の企画をしていたとき
「足して2で割るアイデアは最悪である。」
という言葉を当時の上司にもらった。
確か、何かの引用をメールでもらったのだが、
まさにドラッカーの「半分の赤ん坊は、いないより悪い」という言葉と同じだ。
当時私は迷っていた。
様々な人が様々な立場で意見し、
そのどれにも、その人なりの理由がありロジックがある。
それを全部聞き入れていると、
断片的には、すべての人が確かに正しいことを言っているように思えた。
だが、それら一つ一つの意見が正しいかどうかは、
全体を考えたときにあまり意味をなさなない。
その様子を見て、上司はこう言った。
一貫性のあるサービスは、
一人の人間が一人の頭の中で徹底的に考え抜いた場合にのみ
生み出される。
私は岡崎史という一人の人間に賭けた。
だから皆の意見を寄せ集める必要はない。
岡崎史という一人の人間の考えが、1ミリも矛盾することなく
この商品の最初から最後までに貫かれていればそれでいい。
それが一つの正解だ。
それが世の中に受け入れられるか否かは・・・
出してみてから考えればいい(笑)。
それから私は、周りに何を言われようと、
自分の中に矛盾だけが起きないようにだけ注意を払った。
そうは言っても、大きな投資のかかった新規事業だったので、
結局思い通りにならないことは沢山あった。
最後まで外野の声に悩まされ続けた。
できあがったものを見て、
こういうことじゃない、と何度も悔し涙を飲んだ。
でも、事業でも商品でも営業フローでもなんでも、
何かものを作るときに共通した「考え方」だけは
そのときに学んだように思う。
もちろん初期段階ではブレストなどをしてアイデアは最大限拡げていくが、
最後は誰か一人の人間が一貫してコンプトを守りきる。
これがチームワークの強い組織だと、
仲の良さが逆に災いして
「皆で決めよう」的な雰囲気になってしまうことがある。
でも実はそれが最悪だ。
組織は、それぞれ個人が持つ「強み」だけを集めて
新たな力を生み出すことができるもの。
もの作りは一人の人間が整合性を高めたときにこそ
その価値が増すもの。
この両方のバランスをうまく取ることは難しい。
でも、うまくいったらその事業は成功する。
今の私の役割は、
チームのメンバーがそれぞれの道で一流の人間となり、
且つ、その集合体である組織が
個の「強み」を活かしあって最強の力を発揮できるよう、
自分の力を尽くすこと。
かつての上司が私に賭けてくれたように、
メンバー一人ひとりを信じられる強い絆を作り上げること。
「組織作り」はどんな商品開発よりも困難で、
そしてどんな商品よりも、芸術的だ。
Comment
今年もヨロシクね。
組織作りは芸術だってあったけど、私もバンドメンバーを「一つのバンド」として成立させ認めてもらえるようになるには、それこそ「奇跡の結晶」だと思ったりもするんだよね。
皆、趣味嗜好が違う人たちで一つの確固たる世界観を生み出すのは容易でない部分もあるし。
それをそのバンドの音の世界観、ブランディングを導いていかなくてはならない自分の役目があり、「音楽」を作りたいはずなのに今は「バンド作り」をどう保って向上していくかに最も神経を使っている。
面白いよね。
人間って。
事業であり、音楽であり、何かを構築、運営していく目標のために何よりも大切な基盤がそこに存在する「人」ってことになるんだもんね。
Yukiさん
いつもコメントありがとうございます!
こちらこそ、今年もよろしくね。
個人の強みを一つにして何かを創り出すって、
一言で言ってもとても難しいことだよね。
まさにリーダーの資質が問われるところだと思います。
チームを単なる凡庸な人間の集まりにするか、
×人数以上の力を発揮させるかは自分次第。
それに気付いてから、
最近私もようやく誰かのせいにするのをやめられた気がします。
奇麗事ではなく、心から人の持つ可能性を信じること、
信頼すること、その力に賭けること、
人の力をその人が思ってる以上に引き出し高めるのもまた
「人」だけが成せる技だと思うのです。