【書評106】<前半>プロフェッショナルの条件~いかに成果をあげ、成長するか~

P・F・ドラッカー著

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著者紹介


P・F・ドラッカーは言わずと知れた世界的なマネジメントの権威、
現代経営学の父、「マネジメント作った男」とも称される。

「ドラッカー経営学」と呼ばれる理論によって、
世界の産業論・企業論・マネジメント手法に大きな影響を与え続けてきたドラッカー。
本書は、「はじめて読むドラッカー」シリーズと題し、
氏の膨大な著作の中から特に今日的な意味合いの強いテーマを取り上げ
再編纂された3部作の1つ。


あまりに引用したい箇所がありすぎて、
今回は、二日に分けて紹介する。

ティピカルだけど重みのある深い言葉。
そしてその根底にある人の持つ可能性を信じる温かい眼差し。

日頃あまりビジネス書を読まれない方にも、
このブログを通して多少なりとも感じていただけたらと思う。


「プロフェッショナルの条件」とは

●私はこれまで長い間、クライアントの組織の有能な人たちに必ず、
 同じ質問をすることにしてきた。
 それは「いかにして成果をあげられるようになったか」である。
 事実上、ほとんど答えは同じだった。私と同じように、
 「もうだいぶ前に亡くなったむかしの上司のおかげだ」と答える。
 (中略)すなわち新しい任務が要求するものについて、
 徹底的に考え抜くことを彼らに教えている。

 少なくとも私の経験では、このことを自分で発見した人はいない。
 誰かが言ってくれなければ分からないことである。同時に、
 このことは一度知ってしまえば、決して忘れることのないものである。
 そしてほとんど例外なく、その後は、誰でも新しい任務で成功するようになる。

 新しい任務で成功するうえで必要なことは、卓越した知識や
 卓越した才能ではない。それは、新しい任務が要求するもの、
 新しい挑戦、仕事、課題において重要なことに集中することである。

●「アドルフ、私も本や理論で名を残すだけでは満足できない歳になった。
 人を変えることができなかったら、何にも変えたことにはならないから
 (中略)私は、この会話から三つのことを学んだ。 

 一つは、人は、何によって人に知られたいかを自問しなければならない
 ということである。 二つめは、その問いに対する答えは、
 歳をとるにつれて変わっていかなければならないということである。
 三つめは、本当に知られるに値することは、
 人を素晴らしい人に変えることであるということ
である。

●成果をあげるにはどうしたらよいかという問いに対する答えは、
 「いくつかの簡単なことを実行することである」

 第一に、(中略)ビジョンをもつことである。努力を続けることこそ、
 老いることなく成熟するコツである。

 第二に、(中略)神々が見ているという考え方である。
 彼らは、流すような仕事はしたがらない。仕事において真摯さを
 重視する。ということは、誇りをもち、完全を求めるということである。

 第三に、(中略)日常生活の中に継続学習を組み込んでいることである。
 (中略)常に新しいことに取り組んでいる。昨日行ったことを今日行うことに
 満足しない。何を行うにせよ、自らに対し、常により優れたことを行うことを課している。

 第四に、(中略)自らの仕事ぶりの評価を、仕事そのものの中に
 組み込んでいる。

 第五に、(中略)行動や意思決定がもたらすべきものについての期待を、
 あらかじめ記録し、後日、実際の結果と比較してきている。
 彼らは自らの強みを知っている。
 改善や変更や学習しなければならないことを知っている。
 得意でないこと、したがって、他人に任せるべきことまで知っている。

●誰でも、自らの強みについてはよくわかっていると思っている。
 だが、たいていは間違っている。わかっているのは、せいぜい弱みである。
 それさえ間違っていることが多い。
 しかし何ごとかをなし遂げるのは、強みによってである。
 弱みによって何かを行うことはできない。

●今さら自らを変えようとしてはならない。うまくいくわけがない。
 それよりも、自らの得意とする仕事の仕方を向上させていくべきである。
 不得意な仕方で仕事を行おうとしてはならない。

●組織には価値観がある。そこに働く者にも価値観がある。
 組織において成果をあげるためには、働く者の価値観が
 組織の価値観になじまなければならない。同一である必要はない。
 だが、共存できなかればならない。さもなければ、心楽しまず、
 成果もあがらない。

●強み、仕事の仕方、価値観という三つの問題に答えが出さえすれば、
 得るべきところもあきらかになるはずである。
 
 (中略)
 
 最高のキャリアは、あらかじめ計画して手にできるものではない。
 自らの強み、仕事の仕方、価値観を知り、機会をつかむよう
 用意した者だけが手にできる。

 なぜならば、自らの得るべきところを知ることによって、
 普通の人、単に有能なだけの働き者が、卓越した仕事を行うように
 なるからである。


逆境を楽しむ

自らの強み、仕事の仕方、価値観を認識すること。。


言葉にして並べるととても当たり前のことのようだが、
これらを明確に認識して日々仕事に取り組んでいる人間が、
一体どれくらいいるだろう。


今日たまたまだが、社内ミーティングで体制に関する議論をしていた。

そこには本に書いてあるような綺麗事だけではない、
幾重にも重なる複雑な会社の事情、人間模様、個人の感情が
錯綜する。
すんなりと、ほどける糸ばかりではない。


やっぱり会社は、家族のように愛情だけで成り立つものではないので、
物理的にできること、できないこともある。
どうやっても埋められない価値観の違いもある。


それでも力を合わせて、同じ方向を向いていかなかればならない。


新卒の頃から振り返ってみると、
私は何度もこんな言葉を叫んできた。
「こんなことはありえない」「普通じゃない」「絶対おかしい」


特に新規事業の部署は、経営者の意向に直結していて、
意思決定が二転三転し、社内の理解や協力が得られず、
労働環境としては最も過酷で、
挙句の果てに、経営状態が悪くなると真っ先に撤退の憂き目に会うという、
この図式はどこの会社でも同じだ。


上司に真っ向から反発したこともあった。
飲んで愚痴をこぼして憂さを晴らしていたこともあった。
それでも耐え切れずに、「ここは私の居場所じゃない」と結論付けて
転職という選択もしてきた。


「ありえないこと」も、これだけ経験したらもうないだろうと思っても、
いや~、これがびっくりするくらいある(笑)。
会社を変えて、環境を変えて、必死で逃げきったつもりでも、
結局、自分でクリアできなかった課題は、
何度でも形を変えてどこまでも追いかけてくる。

でも一度徹底的に向き合い乗り越えた課題は不思議ともう現れない。
法則は至ってシンプルだ。

でもそのことに気付くまで、
きっとどこかに自分の能力が存分に発揮できて、且つ
私を評価してくれる「まともな」価値観を持った会社があるに違いないと思って、
これでも随分頑張ってきたほうだと思う(笑)。
ところが結果は、会社を変えた分だけ、様々なニュータイプの
「ありえないこと」に遭遇させていただいただけだった。
(おかげでネタは多い。)
というか、「心から納得がいって順調だったこと」なんてあったかなぁ・・・?


そう思ったら、「ありえない状況」がむしろデフォルトで、
どうやったってこれは無理だろう、という状態から
それを解決していく過程のことを「仕事」と呼ぶんじゃないかと
最近はそんなふうに思うようになった。

そして、「なんで?なんで?」と心で叫びながらもがき苦しみ、
自分にとって「正しいと信じられること」が何かを発見する日々にこそ
成長があるのではないか。


誰もできないことほど、それをやり遂げる人間に価値がある。


そして、ちょっとでも仕事が楽しいと感じられたら、
その環境を与えてくれた人々に感謝の気持ちが生まれる。


あとは、目の前の課題が大きければ大きいほど、
この状況でやれたら私ってすごくないか?
と思うことが最近の私のモチベーションだったりする。

ここまでくると、自分自身に起きたことなのに、
なぜか当事者意識すら希薄になり、
「今度はこんなの来たかー」とどこかで冷静に俯瞰している
もう一人の自分がいる。


でもそれは沢山の経験を積んだからこそ成せる技。


例えば20代前半のスタッフに同じように思えというのは
無理な話だ。


だからこそ、誰かが教えてあげる必要がある。

ドラッカーが言うように、まさに私も、かつての上司に
新しい任務が要求するものについて、
徹底的に考え抜くことを教えられた。

そしてこれは、
「自分で発見するものではなく、教えられるもの。
一度教えられたら、二度と忘れないもの。」


なるほどその通りだな。。

今まで意識していなかったが、
ドラッカーの言葉を読んで、
これから私のやるべき役割が見えてきた気がした。


ドラッカーも忘れられない言葉


今よりずっと平均寿命が若いワーグナーの時代に、
80歳という年齢で難しいオペラを書き上げたある作曲家の言葉だ。

「いつも失敗してきた。だからもう一度挑戦する必要があった。」


私のこれまでの失敗など、まだまだ序の口だ。

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