集団の英知が個人の能力を越えるとき

集団が持つパワー

不景気という言い訳


最近の報道など見ていると、
世の中ちょっと不景気だ不景気だと
騒ぎすぎなのではないかと思ったりしてしまう。

お陰で、現時点で仕事や生活に影響のない人たちまでもが
財布の紐を締めるから
余計消費が鈍ってどんどん不景気になるという
負のスパイラルに陥っていくような気がする。

テレビを付ければ毎日リストラと派遣切りの話題、
ビジネスと直接関係のない主婦や若者も
「クリスマスは不景気だからホームパーティで出費を抑えます」
とか言っている街頭インタビュー、
それは確かに事実を伝えるものとして重要なのかも知れないけど、
何のソリューションもなくそればっかりやられると、
外食するのも、高額な買物をするのもはばかられる感じがしてくる。


営業現場だって、
「いやー不景気ですねぇ」なんてところから入っちゃうから、
まとまる商談もまとまらない・・・

私が一番怖いのは、お客様以上に私たち企業側が
「今は売れなくもて仕方ない時代だ」と思ってしまう自己暗示。


お願いだから、もっと消費を促進する明るい話題をやってくれないかなぁ。


と、そんなふうに思うのは私だけかなと思っていたら、
先日ある一部上場企業の役員の方と商談をしていて、
同じようなことを仰っていた。

そのときに話題になったのが美人コンテストの話。


美人コンテストのたとえ話


例えば美人コンテストで、誰が優勝するかという
予想投票をやるとする。

その場合、人々は「自分が誰を美人だと思うか」ではなく、
「『皆が』誰を美人だと思うか」を基準に投票する。

そりゃそうだ。

予想投票は、一番票を集める女性は誰かということを予想するのだから、
自分の好みとは関係なく、大衆受けする女性を選ばねばならない。

そうして、一番人気の女性が決まる。


数日後、美人コンテスト当日がやってくる。


人々は自分の事前予想を当てるために、
美人コンテストでも「一番票を集めそうな女性」に投票する。

そうすると、「一番票を集めそうな女性」が、
「あの女性が一番人気があるのではないか」という判断のもとに
更に多くの票を集め、結果的に、
本当にその女性が美人コンテストで優勝してしまう。


これが人々の噂や思い込みが
本当の事実さえも操作してしまう風説の力だ。


人間というのは、「自分がどう思うか」だけで日々の行動を
判断しているわけではなく、
「皆がどう思うか」という基準で自分の判断を修正することが
たびたびある。
そういう小さな修正が積み重なって、やがて大きな社会の動きとなる。

それくらい集団心理の力は大きい。


株の予想などでもよくあることが、
今私たちは、皆で不景気を話題にして、
皆で不景気に向かってまっしぐらに突き進んでいるように見えて仕方ない。


「みんなの意見」は案外正しい

役員の方から美人コンテストのお話を聞いていて思い出したのだが、
これと同じようなことを書いてる本を随分前に読んだことがある。

518A3D68VXL__SL500_AA240_.jpg

ここには美人コンテストのほかにも
集団の力を示す様々なたとえ話が取り上げられている。

その中の一つ・・

1960年秋、イギリス人科学者のフランシス・ゴールトンは、
毎年恒例の食肉用の家畜の見本市へと出かけた。

見本市では雄牛の重量当てコンテストが行われた。
雄牛の重さを予想して投票、
一番正解に近い人が賞品をもらえるというルールだ。


ゴールトンは787枚の投票のすべてを足し、
参加者全体の平均値を算出した。

ゴールトンは、この平均値がまったく的外れになると予想していた。
非常に優秀な人が少し、凡庸な人がもう少し、
それに多数の愚民の判断がまざると、結論は愚かなものになると考えていた。

ところが。


予想の平均値は1197ポンド、
実際の雄牛の重量が1198ポンドという
驚くべき結果になったという。

私が興味深かったのは以下の考察だ。

正しい状況下では、集団はきわめて優れた知力を発揮するし、
それは往々にして集団の中でいちばん優秀な個人よりも優れている。

優れた集団であるためには特別に優秀な個人が
リーダーである必要はない。

集団のメンバーの大半があまりものを知らなくても
合理的でなくても、集団として賢い判断を下せる。


組織の力

つまり、我々は一人一人が凡庸なままであっても
集団としては充分に優れた能力を発揮できるのだという。

これって会社にも当てはまることだなぁとつくづく思う。


鳴り物入りで入社した優秀な人物を、
企業がもてあますというのはよく見る光景だ。
これにはマネジメントの問題もあるから一概に結論付けられないが、
個人として優秀な人物が、組織において必ずしも優れた結果を
残す訳ではないのが会社の不思議なところ。
逆にさほど優秀な人物がいなくても、
組織として大きな成果を出せるチームある。

むしろ凡庸な人の集まりのほうが、チームワークという面では
優れていたりもする。
個人が持っているものが少ないから皆で補い合おうとする。


持って生まれた能力は、もちろん努力によるところも大きいが、
基本的にはそう簡単には変えられない。

でも様々な人の様々な思考が集まってそれを一つにしたら、
集団の中の一番優秀な人間の能力を越えられるって、
まさに組織で仕事をする意味だと私は思うのだ。

自分も含めた組織が生み出す新たな、そして偉大なパワー。


少なくとも自分たちにその可能性があるなら、
そう信じられる組織なら、
不景気なんかにきっと負けない。

Comment

Name
Mail
URL
Text