私の母は経営者だった。
祖父の代に起こした家業なので起業家ではないが、
その精神力と働き方は、凄まじいものだった。
共働きの家庭すら珍しかった私の子供の頃に
母は従業員の身の上相談に朝まで付き合ったり、
月末の棚卸のため会社に寝泊りしたり、
普段は家に帰ると、私と兄に素早く食事を作って食べさせたあと
そのままリビングのソファやこたつで、
死んだように眠っていた。
私が中学生くらいになってからは、
オフコンと呼ばれる大型のコンピュータに在庫入力する仕事を、
従業員が帰ったあとの深夜のオフィスで母と二人でやったりした。
「史さんは覚えが早いからお母さん助かるわぁ」
と言われるのが嬉しくて仕方なかった。
月末は毎月大量の請求書発行業務があった。
当時はまだプリンターの技術も今程進んでいなくて、
深夜に出力処理をして紙をセットし、
家に帰って束の間の休息を取ったあとオフィスに戻ったら
紙詰まりでほとんど作業が進んでいないということがよくあった。
朝日の中で母ががっくりと肩を落とすのを見るのが
何より切なかった。
片道数時間の距離を、母が運転するトラックの助手席に乗って
配達について行ったりもした。
営業センス抜群の母はどのお得意先でも人気者だった。
帰りの遅い母を待って淋しい思いも随分したが、
パソコンなんて言葉もない時代に、
女だてらにコンピューターを使いこなす一方で、
大型トラックやフォークリフトも難なく運転できる
スーパーマンな母が私は大好きだった。
誕生日には従業員から大きなバラの花束が届いたりしていた。
私が大人になってから
母の会社と付き合いのあった、大企業の幹部クラスの方に、
「あなたのお母さん程頭のいい女性を僕は見たことがない」
と言っていただいたこともあった。
そのたびに私は誇らしげだった。
最近、そんな母の凄さが身に染みてわかるようになった。
父は普通に安定した企業のサラリーマンを定年まで勤め上げた人で
別に経済的に母の働きが絶対に必要な訳ではなかった。
それでも母は何かにつかれたようにいつも必死で働いていた。
家業のため。
従業員のため。
お客様のため。
そこには娘の私が呆れるほどに、
「私利私欲」が微塵もなかった。
「なんでもっと自分が得するように考えられないの!?」
高校生くらいになった私は
生意気にも母にいつもそう意見していた。
母は「そうなんだよねー」といつも笑ってた。
でも今なら私にもわかる気がする。
あの頃の母の想いが。
もし今ここにタイムマシンがあったら、
私は「あの頃の母」と話がしたいと思う。
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