
その自由な国民性と開拓者の精神が
ビジネスの世界では次々と偉大な起業家を生み出していることを
私はこのブログでよく取り上げている。
だが、我々日本人がアメリカ型を目指して本当に幸せなのか、
という普遍的とも言えるテーマを、
1947年(昭和22年)生まれの「段階の世代」の政治家、
衆議院議員の川崎二郎氏が語った著書。
政治家の本など滅多に読むことがないのだが、
何十年か後の日本の人口問題などが数字として具体的に示されており
参考になるところは多かった。
●45年後の2050年にわが国の人口は9515万人、
50年後の55年には8993万人になると予測されている。
現在の1億2800万人から実に3割も減少、
全人口に占める65歳以上の人口の割合を示す高齢化率は
40.5%となり、現在のほぼ2倍に跳ね上がるという。●国民経済の面では、少子化や人口が減少するということは
きわめて重要な問題である。経済の潜在成長力が人口動態と
生産性に規定されることを考えると、経済が停滞し、
国民はさらに経済的に恵まれたかたちでの豊かな生活が
望めなくなる。人口が急激に減る段階ではそれどころか
貧しくなってしまう可能性が高い。●人口減少という大問題に対して、こんなにも危機感が薄いのは
先進国ではわが国だけだと言っても過言ではないだろう。●人口が減るということは、労働力が減るということである。
15歳から64歳までの生産年齢人口は今後50年でほぼ
半減することが予測されており、仮に生産性が向上しないとすれば
生産力は単純に半減するのだ。生産力が半分の規模に
縮んでしまうことになるから、そのままでは経済活動は回らなくなってしまう。
つまり、人口の減少とともに、しだいに経済や企業活動は
縮小再生産のサイクルに落ち込んでいくことになる。●明治維新以後これまで日本社会が経験したことのないようなレベルで
長期的に経済停滞した社会が、もう目の前に迫ってきているのである。●現状の公的年金が前提とする「出生率1.4」という社会に早く戻れば、
50年のわが国は大丈夫だ。他の先進国並みの豊かな社会を
実現できるだろう。●2005年どは106万人しか生まれていない。100万人以下しか
人材が供給されない社会がもう足音を立てて近づいてきている。
筆者の見解によると、
わが国はこれまでアメリカ型の社会構造に近かったという。
労働人口という観点で見た場合、
わが国では労働力人口が増え続けてきた。
アメリカは移民が押し寄せてくることで潤沢な労働力を確保している。
わが国は、段階の世代とそのジュニア世代によって、
国内の労働力を絶えず増加させることが可能だった。
しかし、これからやってくる人口減少、高齢化社会に併せて、
様々な角度から見直しをかける必要があるという。
例えば、人材供給のコアとなる教育制度の見直しである。
計画的なビジョンをもって、人材の育成をしていかなかれば、
社会を維持できないし、国際競争力も維持できない。
そこで筆者が主張する理由は以下である。
供給される人材の数が減少するなかでは、
どの分野にどれくらいの人材を供給するかというバランスが
きわめて重要だ。どのような方向で進むべきかを国が指針を示し、
両親および教師がそれに理解を持たなければならない。
結論としては、
わが国が目指すべき方向は、ヨーロッパ型の社会であって、
アメリカ型ではない、ということ。
その理由は、
人口構成上も似ているし、みんなで支え合うという文化的な
類似性も高いからだ。ヨーロッパには、アメリカのような熾烈な
競争社会はなく、ワークライフ・バランスが社会の基本である。
そういう道を選択しなければ、これからの超高齢化社会は
乗り切れない。
具体的に言うと、
消費税の増税により年金などの社会保障制度の財源手当がなされ、
制度がしっかりしたものになるのであれば、なにも恐れることはない。
個人が万一に備えてお金をストックしておく必要も減るわけだから、
国民の信頼・安心が高まれば、それは購買力、消費に回っていく。
ということらしい。。
結論自体にはやや疑心暗鬼ではあるが、
日本の労働力不足はそのままビジネス、というか経済そのものにとって
大打撃となることは間違いない。
私も日々の人材事業の営業活動の中でそのことを訴えているのだが
どうも日本企業全体にまだこの辺りの危機感はない。
現在までに生まれた人口の数は変えようのない事実なので
この先頑張ればどうにかなる類の問題でもない。
アメリカ型、ヨーロッパ型の是非はどうかく、
豊かな社会を維持し続けるためにこの問題をどう乗り切るのか、
一人一人が自分や自分の子供たちの身近な問題として
考えていく必要があることを再認識した・・・
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